movieはぐれAV劇場 08
バベルのビデオ館──中村企画訪問記
文:大須蔵人
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そこは、埼玉県志木市の住宅街にひっそりとたたずむ、倉庫のような建物だった。いつもシャッターが閉じられていて、
外からでは中に何があるのかをうかがい知ることはできない。軒先に「中古ビデオ、DVD買います!!
 中村企画」という看板が掲げられているのみだ。

 シャッター脇にあるインターホンを押すと、迎えてくれたのが中村企画の社長、中村友嘉さんだった。
中村企画は、中村さんのほか数名のスタッフとともに、この倉庫兼事務所で、
インターネットでのアダルトビデオの通信販売と買い取りをしている。
事務所には大量のVHSデッキや空のビデオケースが並べられ、そこで日々、
買い取ったビデオの検品、クリーニング、発送の作業をしている。

 私が中村企画を知ったのはもう10年以上前のことになる。当時はレンタルビデオ市場がVHSから
DVDに移行する時期にあたり、レンタルビデオ店の片隅や、専門のジャンク屋にはレンタル落ちの
VHSが大量に積み上げられていた。当時のレンタル落ちAVは、ただの不良在庫として十把一からげに
放出されていたので、そこからお宝を発見するのは難しいことではなかった。そこで見つけたお宝AV
の売り先を探していたときに、インターネットで見つけたのが中村企画だった。

中古AVインターネット販売のパイオニア

中村企画はインターネットでの通信販売をおこなう、いわゆる無店舗型の中古ビデオショップである。
中古AVに特化した形で販売をするという市場ではパイオニア的存在で、すでに創業して20年近く、
いわく「windows95の頃」からインターネットでの販売を始めたというから、ネット販売事業として
もかなり早い方ではないだろうか。

中村さんは、今の中村企画としての事業をはじめる前には、都内に3軒をかまえるレンタルビデオ店を
経営していた。そのビデオ店も80年代から約10年間ほどやっていたというから、AVとの関係はもう
30年以上、黎明期から現在に至るまでの歴史を同時代で歩んできたということになる。そんななかで
90年代後半に早くもネット時代の到来を予感し、ビデオ店の経営のかたわら、中古ビデオ販売のホーム
ページを立ち上げたのが、中村企画のはじまりだった。

当時ほぼ皆無の状態だった中古ビデオのネット販売には、予想を上回る反応があったという。はじめは
AVの専門店というわけではなく、レンタルビデオ店と同様に、一般の映画VHSも販売していたというが、
一般映画はVHSもDVDも、メーカーが安価で作品を販売することもあり、あまり売り上げは伸びず、
その一方でAVの売り上げは好調だったため、自然と中古AV専門店へと移行していったという。

レンタルビデオ店の経営で、作品やメーカーの知識はあったものの、現在取り扱っているようなお宝AVの
市場や価値についての専門的な知識があったわけではなく(というより、市場自体がなく)、商品の販売と
買い取りをしていくなかで、購入者の反応やリクエストから徐々にノウハウが蓄積されてきたのだという。

中古AV市場での中村企画の存在感の一つに、そのパイオニアとしての経験に裏打ちされた、お宝AVの
販売価格の“適正さ”がある。もともと市場の存在しなかった状態から、現在でも必ずしも安定した市場が
あるとは言えない状態で、同じお宝AV商品でもネット上での取引価格と、神保町などの実店舗の価格が全く
違うということが少なくない。簡単にいえば、実店舗ではべらぼうに高い価格がつけられていることが多く、
その点で中村企画を中心に、いくつか存在する中古AVのネット市場では、安定した価格設定になっていると
いうのが特徴だ。そしてその基準を構成しているのが中村企画の価格設定であると考えられる。その販売価格は
希少性や話題性を加味した上での、いわば「高すぎないけど、安すぎない」設定で、購入者も納得できる価格に
なっている。相場の基準を作っているという意味では、中古AV市場におけるディスクユニオン的な存在と
いえないこともない。

中古AV市場における中村企画の登場は、そもそも個々別々に収集していたコレクターにとって、貴重な情報交換
の場となったであろうことは想像に難くない。実際、購入者には常連も多く、同じ女優の作品をコンプリートしたい、
あるいは女優名で商品をリクエストしてくる客が多いという。中村企画が培ってきた知識と、その膨大な在庫情報に
よって、販売店であると共に、カタログであり、データベースとしても機能しているのだ。

中村企画のホームページが持つプラットホームとしての役割は、AVとAV女優のもつ不思議な特性とマッチしている。
初期のAVはとにかく“日陰”の産業だったことはいうまでもなく、作品についての情報もまとめられていない。
さらに、AVは伝統的に改名や変名が多く、ひとりの女優がいくつもの名前で出演しているということが少なくないのだ。

それらの情報を調べ上げてまとめるとなると、それは途方もない作業だろう。そこで中村企画のホームページでは、
自ら調べたり客から寄せられた、女優の変名・改名情報をまとめた「AV女優名の同一人物リスト」の情報を公開している。
矢印でつなげられた名前の変遷をみると、演歌歌手のようでもあり、また出世魚のようでもあるが、実際のところ
活動期間の短いAV女優にあっては、ごく短期間に名義変更があったり、同時にさまざま名前を使ったりという複雑な
状況がしのばれる。

http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/avav1.htm <http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/avav1.htm>

操をささげた初恋

月に何千タイトルものAVが生産され、ネットでもタダで過激なポルノ映像を観ることができてしまうこの時代に、
数千円から高いものでは数万円もする「昔のAV」を求める客とは、いったいどのような人たちが、
何を求めているのだろうか。

購入者はやはり40代以上の男性が大半を占める。その多くは、青春時代にはじめて観た作品を探し求めてくるのだという。
つまり、初めて性の世界に足を踏み入れ、いわば操をささげた“初恋の相手”との再会を求めて、ビデオをを探しに来るのだ。
男性ならば、初めて観たAVや、初めて意識したAV女優の名前を今でも記憶しているという人も多いだろう。それが忘れる
ことのできない原体験として心の片隅に留まっていて、大人になり自由に使えるお金ができた頃、ふとそれを思い出し
“初恋のひと”を探しにくるのだ。

そういったノスタルジックな欲望を受けとめる要素が、当時のAVには多く含まれていた。当時の主流をなしていたのが、
宇宙企画が打ち出したいわゆる“宇宙少女”をはじめとした「美少女単体路線」というものだった。今でも「単体デビューもの」
のクリシェとなっている、“草原に麦藁帽子で微笑む”ようなイメージ映像や、趣味の話から恋愛観などをハニカミながら答える
インタビューなど、ピュアで謎めいた印象を与える、卑猥さの薄いソフトな作品がその特徴だ。その当時の美少女ものに必ず
ただよっていた、“儚さ”と“薄幸”の雰囲気。活動期間もごく短く、リリースする本数も一桁台がほとんどだったために、
とにかく謎が多く、その娘が「何処からきて、何処にいったのか」というのが、まるで幻でも見ていたかのような気持ちにさせられる。

中村さんが当時の作品の良さについて特に強調していたのは、「擬似本番」だった頃の映像表現の素晴らしさだという。
擬似本番とはつまり、セックスシーンで実際に「挿入」しないで演技でみせるということだ。当時の美少女単体路線では
主流だったが、過激化が飽和点まで達している現在のAVからは考えられないソフトな内容で、そのぶん作品全体の構成で、
プレイ内容以上に女優を魅力的にみせるというものだった。それはいわば「セックスをみせる」ビデオではなく、
「セックスしたいと思わせる」ものとしてのAVだったのかも知れない。

中村さんがあげるもう一つの魅力が、収録時間の短さだ。当時のビデオは大体30分から60分とコンパクトで、その中に
しっかりとした起承転結があり、リニアな流れがあったという。そして、その中には時代の空気や、風景がしっかりと映し
出されていたというのだ。120分超えが当たり前となった現在の長尺DVDとは、その制作態度からも全くの別物といっても
いいだろう。「擬似本番」といい、「短尺」といい、当時のAVが志向し、また中村さんが評価するものというのが、
現在のAVの志向と鮮やかなまでの逆方向にあるということは、私たちも改めて考え直してみる必要があるのではないかと思う。

こういった“初恋”系の作品は相場価値としても非常に高く、お宝AVの中でも最上級に位置しているといえるだろう。ただし、
価格決定の基準は、基本的に年代と流通量だという。年に何本か入荷して売れていくような作品は安くなるが、2、3年に1本入って
くるようなもの、あるいは80年代のものなどは次いつ入るかもわからないといった形で値段をつけていく。その分岐点となるのが、
村西とおるが率いたダイヤモンド映像の登場だ。1988年にクリスタル映像から独立し、本番路線とスター女優の起用で、
AV産業を一気に拡大したと同時に、その大量生産体制でAV業界の競争を激化させた。一説によるとダイヤモンド映像全盛期の
1990年には、AV産業全体シェアの15%を占めていたというからその影響は絶大だった。

ダイヤモンド映像が大衆にアピールしたのは作品性以上に、女優の質とプレイの過激さだった。1992年に崩壊することとなる、
この“ダイヤモンド帝国”が、そのわずか4年あまりの活動期間にAV産業に残したものは存外に大きかった。

普通の産業ならば、そこで過当競争が起こり業界の活性化につながるところなのだが、当時のAVはもっとナイーヴなものを持っていた。
中村さんはその画期、つまりAVが特に豊かで面白かったのは89年までだという。つまり、ダイヤモンド映像の登場で、
それまで“日陰”で“薄幸”で、ノスタルジックな映像表現と作品世界を志向していたAVは、その志向性を変更せざるを得なく
なったのだ。それ以降、現在に至るAVのポルノ的志向の源流が、ダイヤモンド映像の本番路線と大量生産体制にあり、
それは中古AV市場においても分岐点となっているということだ。

AVのアーカイヴは可能か

メディアとしての日本のエロビデオの歴史を辿ると、実のところAVの登場以前にすでにピンク映画のVHS化というのがなされていた。
つまり、ピンク映画館でかかった作品をVHS化して販売するというものだ。それらは何度か再発されていて、中村企画でも
取り扱ってるのだが、おりからのロマンポルノ、ピンク映画再評価の流れで、多くの作品が既にDVD化されていて、ビデオ作品は
なかなか買い手が付かないという。

考えてみれば、AVの前史を構成する一連のピンク映画は、オシャレな単館系映画館でもたびたび特集が組まれるほど、いまや
「映画」としての文化的評価を与えられているにもかかわらず、その後に登場し、実質的にピンク映画を凌駕することとなったAVには、
今も作品として(もちろんポルノとしても)の再評価の機運は全くといっていいほど見られない。それ故に、特定の女優や監督の
作品をのぞけば、AV作品は未だにオリジナルリリース以降、その殆どが再発の機会などある訳もなく、一部のコレクターの部屋と、
そしてこの中村企画の倉庫にひっそりと保管されているのだ。

それでも、先に紹介したようなお宝AVなどは、その希少性とノスタルジックなファンのおかげで、市場も構成され珍重されているから
将来的にもある程度安泰であろうことは予想できるが、例えば私が「はぐれAV劇場」で紹介しているような「企画もの」
作品はどうなってしまうだろうか。

中村企画でも以前は企画ものを取り扱っていたが、やはり倉庫の容量が限られているため、あまりプレミアもつかず、売れない
企画ビデオは、DVDの取り扱いが増えたのをきっかけに、SM系メーカーや、FAプロ(鬼才・ヘンリー塚本が率いる、
昭和の匂いが濃厚なドラマと、独特のパッケージデザインで、高齢層から絶大な支持を受ける老舗AVメーカー)などの個性的な
メーカーの作品をのぞいては、泣く泣く取り扱いを停止したという。それは「企画AV」にはいまだに市場が形成されていない、
つまり誰も目を止めることも、気にすることもないという現状を物語っている。評価の基準もなく、それを共有する場もない
ことによって、リリースされるAVの中の最も多くを占める「企画AV」はこのまま忘れ去られていくのだろうか。

とはいえ、現在でも中村企画の圧倒的なデータベースと、そのカテゴリーの多様性には目を見張るものがある。その複雑でありながら
整理されたアーカイヴをそのまま物理的に体現しているのが、中村企画の1階にある倉庫だった。なんといってもその大きさ、
在庫量、丁寧に分類された棚は圧巻だ。自作のスチール棚は天井近くまで積み上がり、高い脚立を使ってビッシリと収納されている。

現在の倉庫では、DVDとVHSが半々のところまで来ているという。棚の分類は、ホームページのデータベースと完全に対応していて、
まず「ビデ倫系」と「インディーズ」に分けられ、それぞれ担当が分かれている。「ビデ倫系」を担当する中村さんとは別に、
「インディーズ」では専門の担当者が商品管理から、査定、値段付けをおこなっている。

そこからさらに、女優名でアルファベット順に商品が並べられ、それとは別にSMや、特定のメーカーが分類されている。
特にタイムレスに人気のあるFAプロの棚のインパクトは凄まじいものがあった。一貫した黒ジャケットにどぎついフォントの
タイトル、キャッチがこれでもかというくらいに迫ってくる。

中村企画には外国からの注文も多いらしく、その中でもこのFAプロ作品の人気は高いという。中村さんも、この状況を
鑑みてかつての浮世絵、春画のように、将来本国ではなく海外でその価値が見出され評価されたものが、逆輸入的に
日本でも顧みられる日が来るのではないかと指摘していた。

それは決して非現実的な予測ではないだろう。世界でも稀にみる、性の「実験と摸索」の場であるAVの特異な世界を見出し、
評価される前に「こっそりと収集」している外国人は既に多くいるのではないだろうか。そして、この文化が顧みられることが
あったとき、現在のように統一的なアーカイヴが存在しない状況で、参照されるのはおそらく中村企画のような「倉庫というアーカイヴ」
であり、その「通販サイトというデータベース」だろう。こういった現状にあって中村企画の存在は、AV文化の図書館や資料館に
変わる役割を担い得るのだ。

中村企画の倉庫から出ようとしたときに、気になる2つのダンボール箱を発見した。その大きなダンボール箱には「浜崎りお」
と書かれている。もしやと思い、中村さんに「この2箱の中のDVDは全部、浜崎りおの作品なんですか?」とたずねると、
「そうなんだ、作りすぎだよ」という。

そのダンボール箱は、ひとりの女優の作品が100本も200本もリリースされているという現状を物理的に物語っていた。
かたや、80年代に何処からきて何処にいったかわからない「初恋のひと」を探して辿り着いた先の1本のお宝AVと、
ひとりでダンボールいっぱいの商品がリリースされる現代の人気女優。この現状をみるにAVの網羅的なアーカイヴの不可能性
を感じざるを得ないし、たぶん日本でも従来型の「アダルトビデオ」と現在主流をなす「ポルノビデオ」で、その呼称を使い分ける
べきではないかと考えながら、中村企画を後にした。

ホームページへようこそ

最後に中村企画の看板であり、その真髄でもあるホームページを紹介したい。

http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/ <http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/>

成人確認のボタンをクリックすれば、その先にはめくるめくお宝AVの世界がひろがる。先に紹介したように、お宝AVの情報交換の
場ともなっているので、ブログや、お客様からの声の他に、さまざまな情報を得ることが出来るが、なかでも目を引くのが
ホームページの目玉企画「お宝ビデオおもしろ川柳」だ。これは、ユーザーから寄せられた、AVにまつわる様々な主張や
“あるある”を川柳として世に問うというマニアックな内容となっているが、そこからいくつか紹介してみたいと思う。
まずはお宝系女優についての作品(〈 〉内は投稿者の筆名)。

小森愛、貴女はボクの青春でした・・・・ <純情少年2>

豊丸は まるで動物園みたいだった! <獣医>

菊池えり、私も息子もファンでした <父>

森川まり子、おまえはやっぱり ただのデブ <真実一路>

木嶋被告・おまえは男の敵だ! <純情少年>

このように、思い出の女優へのノスタルジーからキツイ悪口、はてはアジテーションまで、女優に対する思い出を綴った作品が
最も多く主流をなしている。次いで多いのがビデオコレクターの悲哀を綴ったものだ。

押入れでビデオテープが死んでいた! <黙とう>
お宝ビデオ、いつの間にかただのゴミ <ぽん太>
お母ちゃんにビデオを すてられちゃった <孝行息子>
ビクターや、ああビクターや・・ビクターや・・ <生活倉庫>

http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/a-omosiro.htm <http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/a-omosiro.htm>

このあたりの作品に関しては、私にとってもやは他人事とも思えないものも多いが、最後の「ビクターや」などは、
去りゆくVHSカルチャーへのレクイエム、あるいは“声にならない叫び”として受け取るべきだろう。字余りにもかなり
寛容なこれらの川柳からは、密室文化としてのAVと、その気持ちや情報を共有したいというさまざまな声が、“ひそやかに”
響いてくる。是非一度、チェックしていただきたい。そして是非投稿してみてはいかがだろうか。

 (有)中古ビデオ通信販売 中村企画
埼玉県志木市上宗岡4-5-28
http://n.kikaku.v.wol.ne.jp/